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静岡地方裁判所 昭和56年(行ウ)16号 判決 1985年3月14日

原告 宮城弘子 外二名

被告 浜松税務署長 小牧税務署長

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告浜松税務署長が原告宮城弘子に対して昭和五五年一月二五日付でなした同原告の昭和五二年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  被告浜松税務署長が原告鈴木多江に対して昭和五五年一月二五日付でなした同原告の昭和五二年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

3  被告小牧税務署長が原告宇田富江に対して昭和五五年四月一〇日付でなした同原告の昭和五二年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

4  原告宮城弘子、同鈴木多江と被告浜松税務署長間に生じた訴訟費用は同被告の負担とし、原告宇田富江と被告小牧税務署長間に生じた訴訟費用は同被告の負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告宮城弘子(以下「原告弘子」という。)は、訴外宮城俊介(以下「俊介」という。)の妻であり、原告鈴木多江(以下「原告多江」という。)は俊介の次女、原告宇田富江(以下「原告富江」という。)は俊介の長女である。

2(一)  原告弘子は、昭和五二年分の所得税に関し、総所得金額(給与所得)を四〇万円、分離長期譲渡所得の金額を五三六二万八四六九円、納付すべき税額を一七九三万二一〇〇円とする確定申告書を、法定申告期限内に被告浜松税務署長に提出した。

(二)  原告多江は、昭和五二年分の所得税に関し、分離長期譲渡所得の金額を四四五八万七〇九三円、申告納税額を一三九三万三二〇〇円とする確定申告書を、法定申告期限内に被告浜松税務署長に提出し、その後、総所得金額(給与所得)を九一万一二〇〇円、納付すべき税額を一四一一万七九〇〇円とする修正申告書を同被告に提出した。

(三)  原告富江は、昭和五二年分の所得税に関し、分離長期譲渡所得の金額を四四五八万七〇九三円、申告納税額を一三九三万三二〇〇円とする確定申告書を、法定申告期限内に被告浜松税務署長に提出し、その後、総所得金額(給与所得)を九二万八〇〇〇円、納付すべき税額を一四一一万九〇〇〇円とする修正申告書を同被告に提出した。

3  原告らの分離長期譲渡所得の申告の基礎となる事実関係は、次のとおりである。

(一) 俊介は、昭和五二年一月一〇日付証書により、原告三名との間で、次のとおりの内容の土地所有権移転契約(以下「本件土地所有権移転契約」という。)を締結した。

(1) 原告弘子関係

別紙物件目録記載(一)の土地の二分の一の共有持分を同日付で原告弘子に譲渡する。

原告弘子は、俊介の第三者に対する債務のうち一〇〇〇万円の債務につき、俊介に代わつて支払う。

(2) 原告多江関係

別紙物件目録記載(二)の土地の二分の一の共有持分を同日付で原告多江に譲渡する。

原告多江は、俊介の第三者に対する債務のうち八〇〇万円の債務につき、俊介に代わつて支払う。

(3) 原告富江関係

別紙物件目録記載(二)の土地の二分の一の共有持分を同日付で原告富江に譲渡する。

原告富江は、俊介の第三者に対する債務のうち八〇〇万円の債務につき、俊介に代わつて支払う。

(二) 同年四月七日別紙物件目録記載(一)の土地につき、右(一)(1)の契約に基づく贈与を原因とする所有権移転登記が経由され、同月八日別紙物件目録記載(二)の土地につき、右(一)(2)及び(一)(3)の各契約に基づく贈与を原因とする所有権移転登記が、それぞれ経由された。

(三) その後、原告らは、訴外浜名湖競艇企業団(以下「競艇企業団」という。)との間で、本件土地所有権移転契約によつて俊介から譲り受けた土地の各共有持分(以下「本件土地」という。)を、原告弘子は代金五八七四万〇二八八円で、原告多江及び同富江はいずれも代金四九〇一万八三七八円で、それぞれ競艇企業団に売却する旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同年九月九日、競艇企業団から代金の支払を受けた。

そして、原告らは、同月二四日までに、本件土地所有権移転契約中の前記負担の特約に基づいて、俊介の第三者に対する債務の弁済をした。

(四) ところで、所得税法六〇条一項によれば、居住者が贈与によつて取得した資産を譲渡した場合における譲渡所得金額の計算については、その者が引き続き当該資産を所有していたものとみなされるところ、本件土地所有権移転契約は負担付贈与契約であるから、まさに同条項が適用されて、原告ら三名は、本件土地を売却したことによつて生じた譲渡所得金額の計算につき、贈与者である俊介が本件土地を取得した時点から引き続き本件土地を所有していたものとみなされるはずである。

そして、俊介は、昭和四四年一月一日より前に本件土地を取得していたから、本件売買契約による原告ら三名の譲渡所得については租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条所定の長期譲渡所得の課税の特例が適用されるべきである。

4(一)  原告弘子が昭和五二年分の分離長期譲渡所得金額として申告した五三六二万八四六九円は、前記3(三)(1)記載の売買代金収入額五八七四万〇二八八円から、当該収入金額の一〇〇分の五に相当する取得費二九三万七〇一四円、譲渡費用一一七万四八〇五円及び長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除して算出したものである。

(二)  原告多江及び同富江が昭和五二年分の分離長期譲渡所得金額として申告した四四五八万七〇九三円は、前記3(三)(2)記載の売買代金収入額四九〇一万八三七八円から、当該収入金額の一〇〇分の五に相当する取得費二四五万〇九一八円、譲渡費用九八万〇三六七円及び長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除して算出したものである。

5  被告浜松税務署長は、昭和五五年一月二五日、原告弘子及び原告多江に対し、また、被告小牧税務署長は、同年四月一〇日、原告富江に対し、前記申告に係る譲渡所得の金額及び納付すべき税額を次のとおり更正し、かつ、過少申告加算税を賦課する決定(以下「本件各処分」という。)をした。

(一) 原告弘子関係

(1) 分離短期譲渡所得の金額     四七五六万五四八八円

(2) 納付すべき税額         二五五八万一七〇〇円

(3) 過少申告加算税の額         三八万二四〇〇円

(二) 原告多江関係

(1) 分離短期譲渡所得の金額     四〇〇三万八〇一六円

(2) 納付すべき税額         二〇六三万一八〇〇円

(3) 過少申告加算税の額         三二万五六〇〇円

(三) 原告富江関係

(1) 分離短期譲渡所得の金額     四〇〇三万八〇一一円

(2) 納付すべき税額         二〇六三万八四〇〇円

(3) 過少申告加算税の額         三二万五九〇〇円

6  本件各処分は、いずれも、本件売買契約によつて生じた譲渡所得には措置法三一条所定の長期譲渡所得の課税の特例は適用されず、同法三二条所定の短期譲渡所得の課税の特例が適用されることを理由とする。

7  原告らは、本件各処分を不服として被告らに対して異議申立をしたが、被告らはいずれもこれを棄却する決定をしたので、昭和五五年七月八日、国税不服審判所長に対して審査請求を申立てたところ、同所長は昭和五六年六月一日いずれもこれを棄却する裁決をし、同裁決書の謄本は同月一三日原告らに送達された。

8  しかしながら、本件各処分は、いずれも、本件土地所有権移転契約が有償譲渡であり、本件売買契約による原告らの所得に対して措置法所定の短期譲渡所得の特例が適用されるとの被告らの誤つた見解に基づいてなされた違法な処分である。

9  よつて、原告らは、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3(一)ないし同3(三)の事実は認める。

3  同3(四)の主張は争う。

4  同4ないし同7の事実は認める。

5  同8の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件処分の計算根拠

(一) 短期譲渡所得金額

原告弘子分            四七五六万五四八三円

同 多江分            四〇〇三万八〇一六円

同 富江分            四〇〇三万八〇一一円

(1) 総収入金額

原告弘子分            五八七四万〇二八八円

同多江及び同富江分       各四九〇一万八三七八円

本件売買契約の売買代金

(2) 取得費  原告弘子分         一〇〇〇万円

原告多江及び同富江分           各八〇〇万円

本件土地所有権移転契約中の特約に基づいて原告らが俊介のために支払つた額

(3) 譲渡に要した費用

原告弘子分             一一七万四八〇五円

原告多江分              九八万〇三六二円

原告富江分              九八万〇三六七円

(二) 所得控除額

原告弘子分              五三万五五一〇円

原告多江分              三七万一八四四円

原告富江分              三七万七〇四五円

(三) 課税短期譲渡所得金額

原告弘子分            四七四二万九〇〇〇円

総所得金額四〇万円から、所得控除額五三万五五一〇円を控除するも、なお控除しきれない金額一三万五五一〇円を短期譲渡所得金額四七五六万五四八三円から控除したもの。(所得税法八七条及び措置法三二条四項。国税通則法((以下「通則法」という。))一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切捨て。)

原告多江及び同富江分      各四〇〇三万八〇〇〇円

いずれも、短期譲渡所得金額につき、通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切捨てたもの。

(四) 納付すべき税額

原告弘子分            二五五八万一七〇〇円

同 多江分            二〇六三万一八〇〇円

同 富江分            二〇六三万八四〇〇円

所得税法別表第二「所得税の簡易税額表」により算定した課税総所得金額に対する税額(原告多江分 五万三八〇〇円、同富江分 五万五〇〇〇円)と、別紙「短期譲渡所得の税額計算書」のとおり措置法三二条一項の規定を適用して算出した課税短期譲渡所得金額に対する税額(原告弘子分 二五五九万〇二三五円、同多江分 二〇六三万一八七五円、同富江分 二〇六三万八四二〇円)との合計額から、源泉徴収税額(原告弘子分 八五〇〇円、同多江分 五万三八〇〇円、同富江分 五万五〇〇〇円)を控除したもの。

(五) 過少申告加算税

原告弘子分              三八万二四〇〇円

同 多江分              三二万五六〇〇円

同 富江分              三二万五九〇〇円

原告らの申告に係る「納付すべき税額」と、右(四)の被告の主張額との差額(通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切り捨て)に百分の五を乗じて算定したもの(通則法六五条、同法一一九条一項)。

2  本件土地の譲渡の経緯について

(一) 俊介は、競艇企業団が経営する浜名湖競艇場の敷地に近接して養鰻池を所有し、養鰻業を経営する者である。

(二) 昭和五一年末頃から昭和五二年初め頃にかけて、養鰻業界は極めて業況が厳しく、俊介の経営する養鰻場においても、更に生産性を向上させるため、多額の事業資金が入用になつており、一方競艇企業団も競艇場の避難区を確保する必要があつたことなどから、昭和五二年に入つて間もなく、前記競艇場敷地に近接する俊介所有の別紙物件目録記載(一)ないし(五)の土地を競艇企業団に売却することについて、両者の間で話が具体化し、競艇企業団は、同年二月二八日に開催された全員協議会で、俊介の所有する前記土地を買収することに異議はない旨の決定をした。

(三) 同年三月末頃から同年四月初め頃にかけて、同年一月一〇日付で、別紙物件目録記載(一)の土地の各二分の一の共有持分を、俊介から原告弘子及び俊介の長男訴外宮城和敬に贈与し、同目録記載(二)の土地の各二分の一の共有持分を、俊介から原告多江及び同富江に贈与する旨の贈与証書が作成されたが、原告三名に対する贈与証書には、原告三名が俊介の第三者に対する債務合計二六〇〇万円を引き受ける旨の特約の記載があつた。

(四) 本件土地所有権移転契約により、原告弘子が譲り受けた土地の共有持分の当時の相続税評価額は一〇〇六万六三三七円、原告多江及び同富江が譲り受けた土地の共有持分の当時の相続税評価額は各八四〇万〇一二五円であつた。

(五) その後、俊介は、別紙物件目録記載(三)ないし(五)の土地を競艇企業団に売却し、原告三名も、本件売買契約により、本件土地を競艇企業団に売却した。

(六) 原告らは、同年九月九日、競艇企業団から本件土地の売買代金の支払を受けたので、同日、俊介の遠州信用金庫に対する債務の弁済として、原告弘子は一〇〇〇万円、同多江は二〇〇万円、同富江は八〇〇万円を同信用金庫に支払い、更に、原告多江は、俊介の浜名湖漁業協同組合に対する債務の弁済として、同月一二日に四〇〇万円、同月二四日に二〇〇万円を同協同組合に支払つた。

3  所得税法六〇条一項の適用について

原告らは、本件土地は、原告らが贈与により取得した資産であるから、本件土地を売却したことによつて原告らに生じた譲渡所得の計算につき、所得税法六〇条一項の適用がある旨主張するけれども、右主張は、次のとおり失当である。

(一) 本件土地所有権移転契約は贈与契約ではない。

本件土地所有権移転契約には、前記のとおり、俊介が負担する債務のうち、一〇〇〇万円を原告弘子が、各八〇〇万円を原告多江及び同富江がそれぞれ負担する旨の特約が付されているところ、原告三名がそれぞれ負担することになつた俊介の債務の額は、本件土地所有権移転契約により原告三名がそれぞれ取得した土地の共有持分の相続税評価額にほぼ見合つている。このことは、とりもなおさず、前記特約による原告三名の合計二六〇〇万円の負担が、本件土地の所有権移転の対価であつたことを示している。

(なお、原告三名は、譲り受けた土地の共有持分の相続税評価額と前記特約による負担額との差額が、いずれも贈与税の基礎控除額である六〇万円(相続税法二一条の五)以下であつたため、土地の共有持分の取得につき、贈与税の負担を免れた。)

また、原告三名は、原告多江が九月二四日に支払つた二〇〇万円を除き、いずれも本件土地所有権移転契約が成立した日以後に新たに発生した俊介の債務について、俊介に代わつて支払をしており、前記特約中で意味を有するのは、原告三名が俊介のために同特約に定められた額の金銭を支払うということに尽きる。そうだとすれば、原告三名は、俊介から本件土地の譲渡を受ける代わりに、俊介に対して一定額の金員の支払を約したものといわざるを得ず、このことはまた、原告三名の支払つた二六〇〇万円が本件土地の譲渡の対価そのものであつたことを示している。

したがつて、本件土地所有権移転契約は、俊介が原告三名に対して本件土地を譲渡し、他方、原告三名が俊介に対して本件土地と等価性のある金銭の支払を約する趣旨の契約であると評価できるから、売買類似の諾成、双務の無名契約とみるべきである。

したがつて、原告三名は、個人に対する贈与によつて本件土地を取得したものではないから、本件土地を売却したことによる原告三名の譲渡所得の計算につき、所得税法六〇条一項の規定が適用されないことは明白である。

原告らは、前記特約は俊介の第三者に対する債務の履行の引受に過ぎないから、本件土地の譲渡と原告三名が支払を約した二六〇〇万円とは対価関係にない旨主張するけれども、被告は、本件土地所有権移転契約において、原告三名が本件土地の譲渡を受ける代わりに二六〇〇万円の出捐を約したことをもつて、本件土地の譲渡と右二六〇〇万円の出捐とが対価関係にあると主張するものであり、その約定の形式が債務の引受か履行の引受かということはおよそ問題にしてはいないのであるから、原告の前記主張は、被告の主張に対する反論としては格別の意味を持ち得ないものといわねばならない。

(二) 本件土地所有権移転契約が負担付贈与契約であるとしても、本件土地を売却したことによつて原告らに生じた譲渡所得の金額の計算につき、所得税法六〇条一項の規定は適用されない。

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得としてとらえ、所有者がその資産を譲渡するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるが、譲渡者側が現実に経済的利益を取得しない場合にまで譲渡者に課税することは、社会通念にそぐわない面もあるから、所得税法六〇条一項は、一定の場合に課税の時期を延期すると共に、後に譲受人が更に他に譲受資産を譲渡して経済的利益を取得した場合に一括して課税することを規定しているところ、俊介から原告三名への本件土地の譲渡は、同項により取得価額の引き継ぎが認められる事由にあたらない。

(1) 同項一号は、贈与、相続及び遺贈の三つの事由を掲げているが、これは、譲渡者側に現実に「収入すべき金額」が全く生じない場合の規定であつて、ここにいう贈与は、現実に「収入すべき金額」が全く生じない単純贈与を意味するものである。したがつて、負担付贈与のように、その額はともかく贈与者について現実に「収入すべき金額」の生じる場合には、同号は適用されず、同項二号の適用の有無が問題となるにすぎない。

(2) 同項二号(同法五九条二項、同法施行令一六九条)は、譲渡の対価、すなわち譲渡者側に収入すべき金銭その他の経済的利益の額が、譲渡時における当該資産の時価の二分の一に満たず、しかも、譲渡人の譲渡所得の計算に際して控除されるべき取得費等の金額の合計額に満たない場合に限り、取得価額の引継ぎが認められることを規定しているが、右規定は負担付贈与にも適用される。

そこで、俊介から原告三名への本件土地の譲渡が同号所定の譲渡にあたるか否かを検討するに、右譲渡は、当該資産の時価(総額一億五六七七万七〇四四円)の二分の一に満たない額(総額二六〇〇万円)でなされているが、俊介の譲渡所得の計算上控除されるべき取得費等の金額については、本件土地は、俊介の父が昭和二七年一二月三一日以前に取得していたものを、俊介が昭和四〇年三月三一日相続により取得したものであるため、同項一号の規定により、俊介が引き続き所有していたものとされるところ、その取得費は、措置法三一条の三第一項(昭和五四年法一五号による改正前のもの。)本文の規定により、収入すべき金額の一〇〇分の五に相当する金額(総額一三〇万円、原告弘子分五〇万円、原告富江及び同多江分各四〇万円)となるから、前記「譲渡者側の収入すべき金額がその取得費等の金額の合計額に満たないこと」という要件に適合しない。

したがつて、本件土地所有権移転契約が負担付贈与契約であるとしても、所得税法六〇条一項の規定が適用されないことは明白である。

4  以上のとおり、本件売買契約によつて原告らに生じた譲渡所得には、措置法三二条所定の短期譲渡所得の課税の特例が適用されることを理由に、被告が行つた本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告らの認否及び反論

1  被告の主張1について

(一) 被告の主張1(一)の短期譲渡所得金額の項のうち、(1)総収入金額と(3)譲渡に要した費用の額は認めるが、その余は争う。

(二) 同1(二)の所得控除額は認める。

(三) 同1(三)の課税短期譲渡所得金額は争う。

(四) 同1(四)の納付すべき税額の項のうち、課税総所得金額に対する税額及び源泉徴収税額の金額は認めるが、その余は争う。

(五) 同1(五)の過少申告加算税の金額は争う。

2  被告の主張2について

(一) 被告の主張2(一)の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実は知らない。

(三) 同2(三)の事実は、贈与証書が昭和五二年三月末頃から同年四月初め頃にかけて作成されたとの点を除き、認める。

(四) 同2(四)の事実は明らかには争わない。

(五) 同2(五)及び同2(六)の各事実は認める。

3  被告の主張3(一)について

本件土地所有権移転契約は、俊介が原告三名に本件土地を贈与するに際し、特約をもつて、原告三名が、俊介の第三者に対する債務の一部について履行の引受をすることを約したいわば典型的な負担付贈与契約であるから、右契約が売買類似の無名契約である旨の被告の主張は失当である。

原告らは、特約により、俊介の債務合計二六〇〇万円を弁済すべき負担を負つたが、これは、原告らが、俊介の債務の履行を引き受けたものに過ぎず、俊介の債権者との関係では右契約後も依然として俊介が債務者であり、また、仮に原告らが特約上の義務を履行しなかつたとしても、右契約による本件土地の所有権移転の効果には消長を来たさないのであるから、原告らが特約により負うことになつた負担を本件土地所有権移転の対価とみることはできない。

また、被告は、本件土地の各相続税評価額と特約による原告らの各負担額とがほぼ一致することを、前記主張の根拠として挙げているが、相続税評価額は、相続、遺贈及び贈与により個人が取得した財産の課税価格を算定するためのもので、通例、市場価格の二割前後になつており、現に、原告らの各負担額は、本件売買契約の各代金額の一割七分に過ぎないから、本件土地所有権移転契約において、原告らが本件土地と等価的な負担を負つたとみることはできない。

4  被告の主張3(二)について

被告は、本件土地所有権移転契約が負担付贈与契約であるとしても、本件売買契約による原告らの譲渡所得金額の計算について、取得価額の引継ぎによる課税の繰延べを認める所得税法六〇条一項の適用はない旨主張する。

しかしながら、同項一号は、取得価額の引継ぎが認められる場合として贈与を挙げながら、負担付贈与を除外しておらず、負担付贈与も贈与そのものであるから、被告の右主張は失当である。

所得税法上、昭和三七年から昭和四八年の改正までは、贈与又は低額譲渡により個人の資産の移転があつた場合には、その時における価額で譲渡があつたものとみなして譲渡所得課税を行うことを原則としながらも、この適用を受けない旨の明細書を提出した場合には、贈与者等の取得価額を引き継ぐことによつて課税の繰延べを行うこととしていた。ところが昭和四八年の改正によつて、右の「みなし譲渡課税」は廃止され、法人に対するものを除き、すべて取得価額の引継ぎによる課税の繰延べが認められるように改められた。

右改正前の同法五九条一項一号の贈与に負担付贈与が含まれることは明白であるところ、右改正の趣旨及び法文の構成から判断して、個人間の贈与の概念は右改正の前後を通じて全く変わらないはずであるから、改正後の同法六〇条一項一号の贈与の概念には、すべての贈与が包含されると解すべきである。

更に、長期譲渡所得の課税の特例の趣旨について検討するに、そもそも措置法三一条、三二条は、昭和四四年の政府税調の土地税制に関する答申を受けて改正されたものであつて、土地の供給及び有効利用を促進する見地から、長期譲渡所得に対しては低率の分離比例課税方式を導入し(同法三一条)、値上り期待による仮需要を抑制するという見地から、個人の短期譲渡所得に対しては高率の課税を行うことにした(同法三二条)ものである。そして、贈与者が昭和四四年一月一日前に取得した土地の贈与を受けた受贈者が、当該土地を譲渡した場合にも、長期譲渡所得の課税の特例が適用されることになるが(同法三一条、所得税法六〇条一項)、これは、右のような場合も値上り期待による仮需要ではないとの理由による。

そうすると、措置法の前記改正の趣旨に照らしても、本件土地の譲渡による原告らの譲渡所得に対する課税につき、長期譲渡所得の特例の適用を排除すべき理由はない。

したがつて、本件売買契約による原告らの譲渡所得金額の計算について、所得税法六〇条一項の適用がないとする被告の見解は明らかに誤つている。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因2及び同4ないし7の各事実(本件訴訟に至る経過)、請求原因1、同3(一)ないし同3(三)及び被告の主張2(一)、同2(三)(但し、贈与証書が昭和五二年三月末頃から同年四月初め頃にかけて作成された、との点を除く。)、同2(五)、同2(六)の各事実(本件土地の譲渡の経緯等)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件土地の売却によつて原告らに生じた譲渡所得の金額の計算につき、所得税法六〇条一項の適用があるか否かについて検討する。

(一)  本件土地所有権移転契約の法律的性質について

原告らは、本件土地所有権移転契約が負担付贈与契約であると主張するのに対し、被告は、これを売買類似の諾成、双務の無名契約であると主張するので、まず、この点について検討するに、本件土地所有権移転契約締結の際に作成された乙第六号証添付の贈与証書(弁論の全趣旨により、真正に成立したものと認められる。)中に、俊介が原告三名に対して本件土地を無償で贈与する旨の記載があること、本件土地所有権移転契約は、俊介と同人の妻原告弘子、長女原告富江及び次女原告多江との間で締結されたものであること、前記贈与証書中の特約によつて原告三名が負担することになつた俊介の債務の額(総額二六〇〇万円)は、原告らが本件土地を競艇企業団に売却した代金の額(総額一億二九六三万三六九二円)と大きく隔つていること等からすれば、俊介による本件土地の譲渡と原告三名が負担した債務の履行とが、私法上対価関係にあるとは認められないから、本件土地所有権移転契約は負担付贈与契約であると認めるのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  所得税法六〇条一項一号の「贈与」の意義について

譲渡所得の金額は、所得税法三三条三項各号所定の所得に係る総収入金額から当該所得の基因となつた資産の取得費、その資産の譲渡に要した費用及び譲渡所得の特別控除額を控除した金額とされる(同法三三条三項)が、同法第二編第二章第二節第五款の各規定(五八条から六二条まで)は、資産の譲渡に関する総収入金額並びに必要経費及び取得費の計算の特例を規定している。

同法五九条は、資産の譲渡に関し総収入金額に算入すべき金額の計算の特例を定めた規定であり、資産の移転があつた場合、移転する者の側に収入すべき金銭その他の経済的利益が全くない場合でも、当該移転が同法五九条一項一号所定の事由によるときは、時価によつて資産が譲渡されたものとみなして総収入金額に算入すべき金額を算定すべきであり、また、法人に対して著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡がなされた場合にも(同項二号)、これと同様に、時価によつて資産が譲渡されたものとみなして総収入金額に算入すべき金額を算定すべきことを規定したもの、すなわち、総収入金額に算入すべき金額を擬制する場合を定めた規定と解すべきであり、同条一項一号の「贈与」は、資産の譲渡者側に収入すべき金銭その他の経済的利益が全くない場合(すなわち、受贈者が何らの負担も負わない単純贈与と、負担付贈与のうち、受贈者の負う負担が、贈与者に対して、何らの経済的利益ももたらさないもの)のみを意味し、受贈者の負う負担が贈与者に対して経済的利益をもたらすべき負担付贈与は含まないものと解される。

他方、同法六〇条一項は、資産の譲渡に関する取得費の計算の特例として、一定の事由により資産を譲渡した者に対しては、その時点で譲渡所得の課税が行われないこと(課税の繰延べ)を前提にしながら、当該事由により資産を取得した者が更に当該資産を他に譲渡したときの譲渡所得の計算にあたり、前所有者の取得費を引き継ぐことを認める趣旨の規定である。

そして、同項一号、二号は、このように取得費が引き継がれることになる資産の移転事由、換言すれば、課税が繰り延べられる場合を具体的に規定したものであるところ、同項一号は、その一事由として、個人間の贈与を挙げている。

ところで、昭和四八年の法律第八号による改正(以下「改正」という。)前の所得税法は、譲渡所得に対する課税が、保有資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、資産が所有者から他に移転する機会を捉えて一括して課税する趣旨のものであること、他方、個人間の無償又は低額の対価による資産譲渡に際し譲渡所得の課税を行うことに対しては納税者の理解を得難い面もあることを考慮し、個人に対する贈与又は著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡が行われた場合にも時価によつて資産が譲渡されたものとみなして総収入金額に算入すべき金額を算定することを規定しながら(改正前の同法五九条一項)、納税者が税務署長に対し同項の適用を受けない旨等を記載した書面を提出すれば、資産の譲渡人に対する課税を繰り延べ、譲受人が譲渡人の取得費を引き継ぐことを認めることにしていた(改正前の同法六〇条一項一号)。しかし、個人間の贈与は、親族間で行われるのが通常であり、相続の場合と同様に画一的に取得価額の引継ぎを認めても問題はないと考えられるうえ、登記原因の調査によつて贈与等の事実を確認することもさほど困難ではないことなどから、前記改正によつて、個人間の贈与の場合に時価による譲渡があつたものとみなして課税する方式を撤廃し、特段の書面の提出がなくても常に贈与者に対する譲渡所得の課税を行わず、受贈者が更に当該資産を譲渡したときに一括して資産の増加益に対する課税を行うことに改められたが、その際、同法六〇条一項一号も、個人間の贈与によつて譲り受けた資産を譲渡した者の譲渡所得金額の計算につき、特段の書面の提出がなくても、前所有者の取得費を引き継ぐことを認めることに改正された。

そうすると、文理上からも、また、右の改正の趣旨からも、同法五九条一項一号の「贈与」の意義と、同法六〇条一項一号の「贈与」の意義とは同義であると解すべきである。

また、同法五九条二項、六〇条一項二号は、同法五九条二項に該当する譲渡がなされた場合、すなわち、個人に対する著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡で、当該対価の額が当該資産の譲渡に係る譲渡所得の金額の計算上控除する取得費及び譲渡に要した費用の額の合計額に満たない場合には、譲渡者に対する譲渡所得の課税を行わず、取得価額の引継ぎによる課税の繰延べを行うことを規定しているが、右規定は、譲渡者側に収入すべき金銭その他の経済的利益がある場合でも、その額が著しく低いため、譲渡者に対して譲渡所得の課税を行うことによつて譲渡者の側に発生する譲渡損失をそのまま譲渡者の他の所得と通算することを認めることが、著しく負担の公平を失するおそれがある場合に、譲渡者に対する譲渡所得の課税を行わず、他方、譲受人が当該資産を更に他に譲渡したときの譲渡所得の計算の際に、前所有者の取得費を引き継ぐことを認めた趣旨の規定であると解される。

そして、先に検討した同法五九条一項一号と同法六〇条一項一号との関係や、同項二号が、譲渡者側に低額ではあるが対価として受け入れるべきものがある場合について規定していること等からすれば、同項一号は、資産を移転した者の側に収入すべき金銭その他の経済的利益が全くない場合を規定したものであり、そこにいわゆる「贈与」も、受贈者が何らの負担も負わない単純贈与と、負担付贈与のうち受贈者の負担が贈与者に対して金銭その他の経済的利益を全くもたらさないものとに限られると解すべきである。(なお、これと反対に解するときは、受贈者が贈与者の取得費の額を超える負担を負つた場合にも、贈与者の取得費を引き継ぐこととなり、不都合な結果を招来する。)

したがつて、負担付贈与により資産の譲渡があつた場合において、贈与者側に収入すべき金銭その他の経済的利益があるときは、当該移転につき同項一号の適用はなく、同項二号の適用の有無が問題になるにすぎないと解される。

(三)  所得税法六〇条一項の本件への適用について

そこで、本件における俊介から原告三名への本件土地の譲渡が、所得税法六〇条一項各号の定める取得事由に当たるか否かについて検討する。

俊介が本件土地を原告三名に贈与する旨の昭和五二年一月一〇日付贈与証書には、特約として、原告三名が俊介の第三者に対する債務金の内金合計二六〇〇万円を引き受ける旨の記載があり、原告三名は、同年九月一日から同月二四日までの間に、俊介の第三者に対する債務の弁済として合計二六〇〇万円を支払つたものであるところ、右の事実関係によれば、俊介は、本件土地所有権移転契約の成立により、原告三名に対して、原告の第三者に対する債務のうち合計二六〇〇万円分につき、原告に代わつて弁済することによりこれを消滅させるよう請求しうる権利を取得したものと認められ、右権利の取得は、贈与契約における附款として受贈者が負担したことによるものであるから、本件土地の譲渡と因果関係のある経済的利益であることが明らかであり、本件土地の譲渡により俊介には総額で二六〇〇万円の収入があつたと認めるのが相当である。

また、弁論の全趣旨によれば、本件土地は、俊介の父が昭和二七年一二月三一日以前に取得していたものを俊介が昭和四〇年三月三一日相続により取得したものと認められるところ、本件土地の譲渡による俊介の譲渡所得金額の計算上控除される取得費の額は、同法六〇条一項一号、措置法三一条の三第一項(昭和五四年法一五号による改正前のもの。)本文の各規定により、収入すべき金額(二六〇〇万円)の一〇〇分の五に相当する金額(一三〇万円)となり、被告の主張1(一)(3)の譲渡に要した費用を加算しても収入すべき金額を下回る。

したがつて、俊介から原告三名への本件土地の譲渡は、収入すべき金額のある移転であり、また、所得税法五九条二項に規定する「譲渡」にも該当しないから、同法六〇条一項により取得価額の引継ぎが認められる事由にあたらない。

三  以上の次第で、本件売買契約によつて原告らに生じた譲渡所得には、措置法三二条所定の短期譲渡所得の課税の特例が適用されるとの判断に基づいて被告が行つた本件処分には、原告らの主張する違法はなく、適法なものということができる。

四  よつて、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することにし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐久間重吉 北村史雄 孝橋宏)

別紙<省略>

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